成長を求める前に、職場で変えられること 成人発達理論を個人の責任にしない
「もっと主体的に動いてほしい」
「困ったことは、早く相談してほしい」
職場でこう伝えたのに、状況が変わらないとき、「本人が成長する必要がある」と感じることがあります。
しかし、何を自分で決めてよいかが曖昧だったり、相談すると責められたりする環境では、言葉だけで行動を変えるのは難しいかもしれません。
今回のテーマは、成長を求める前に、求めた行動を取りやすい条件が整っているかを確かめることです。
本人の意味づけと、仕事の環境。その両方を見ることを、事例編の最後に考えていきます。
🍀 この記事でわかること
- 個人の成長という説明だけでは、見えにくくなること
- 役割・権限・負担・周囲の応答を確かめる方法
- 職場の条件を変えた後、何を見ればよいか
🍀 目次
- 相談が遅いチームの事例を読む
- 四つの仮説と、それぞれを見直す情報
- 成人発達理論と、チームの学習研究を分けて使う
- 成長を求める前に確認したい条件
- 職場の条件を見直す小さな練習
- 事例編を振り返る
🍀 相談が遅いチームの事例を読む
架空の事例 締め切り直前に問題がわかる
あるチームでは、週の終わりにまとめる資料の遅れが、締め切り直前にわかることが続いています。
リーダーの石井さんは、「問題は早く知らせてほしい」と何度も伝えてきました。それでも変わらないため、「メンバーの当事者意識が弱いのではないか」と考えています。
最近の進め方を振り返ると、次のような状況がありました。
- 資料作成の途中で別の依頼が増えても、優先順位を誰が決めるかが曖昧だった。
- 相談の時間は設けられていたが、急ぎの会議で取り消されることがあった。
- 一人が遅れの見込みを伝えた際、「それくらい、自分で解決してから報告して」と返された。
- メンバーによって、同じ集計作業の進め方が違っていた。
これらも、すべて架空の設定です。実際の職場で同じことがあれば同じ原因になる、という意味ではありません。
今わかることは、意欲の低さでしょうか
この情報から、「当事者意識がない」とまでは言えません。
相談の条件が整っていない可能性も、作業を見通すための知識が足りない可能性もあります。本人がどう理解しているかは、まだ聞けていません。
まず、外から見える行動を、「困りごとの共有が、期限に近い時点になる」と表してみます。性格や意欲の評価を入れないと、何を確かめるべきかが考えやすくなります。
🍀 四つの仮説と、それぞれを見直す情報
仮説A 相談すると、能力を疑われると予測している
本人が「問題を自分で解決してからでないと相談してはいけない」と考えているのかもしれません。
以前に相談した際の対応や、本人が相談をどう受け止めているかを聞くと、手がかりになります。
一方、本人が早い段階で繰り返し知らせていたのに、共有先で見落とされていたなら、「相談を避けている」という説明自体を変える必要があります。
仮説B 何を、いつ、誰に伝えるかが曖昧になっている
「早めに」という言葉だけでは、遅れが確定してからなのか、懸念の段階でもよいのかがわかりません。
メンバーごとに報告の基準や相手の理解が違えば、この仮説を考えられます。
反対に、具体的な基準と経路が共有され、本人も説明できるなら、曖昧さだけでは説明しきれません。相談できる時間や、その後の応答も確認します。
仮説C 仕事が増えても、調整する権限や時間がない
担当者が遅れを予測していても、依頼を断る権限がなく、優先順位を決める人にもつながらないのかもしれません。
依頼が増えた時刻、担当する作業、調整を求めた経緯を、本人と一緒に確認できます。
一方、負担を調整した後も、同じ条件で遅れを予測できないなら、仕事量だけを原因とする説明は見直せます。ただし、変更が本当に負担を減らしたかも確かめる必要があります。
仮説D 作業を見通すための知識や手順が足りない
本人は遅れを隠しているのではなく、終盤まで遅れに気づけないのかもしれません。
作業の区切りや確認点を説明してもらうと、どこが見通しにくいかを確認できます。
反対に、本人が早い段階で問題を予測し、具体的な対応案も持っていたなら、知識不足だけでは説明できません。
仮説を確かめるときも、監視にしない
必要なのは、本人が何に困っているかを一緒に理解することです。
細かい記録を大量に提出させたり、私的な気持ちを語るよう迫ったりすれば、確認そのものが新しい負担になりかねません。仕事に必要な情報を、必要な範囲で確かめましょう。
🍀 成人発達理論と、チームの学習研究を分けて使う
本人の理解と、支える条件を一緒に見る
キーガンの成人発達理論は、成人に求められる複雑な課題と、それを理解する枠組みの関係に注目します。その議論には、課題に向き合うための導きや支援も含まれています。参考:『In Over Our Heads』出版社提供の書籍紹介
この事例で「相談することは、未熟さを見せることだ」という前提が見つかったとしても、それを変えるよう本人だけに求める必要はありません。
相談を受けた側がどう応答するか、仕事をどう調整するかも、同時に考えられます。
心理的安全性は、発達段階とは別の概念です
組織の学習を研究したエイミー・エドモンドソンは、チームで質問や懸念を表明する際の、対人的なリスクに目を向けています。1999年の製造企業51チームの研究では、チームの心理的安全性と学習行動との関連が報告されました。参考:Edmondson原論文の大学公開記録
これは、キーガンの発達段階を検証した研究ではありません。また、この関連から、どんな職場でも特定の声かけだけで問題が解決すると言うこともできません。
エドモンドソンは後の論稿で、心理的安全性を、仲のよさや問題がないことと区別し、問いや懸念を話せる条件として説明しています。参考:Edmondson、2002、6–7ページ
「安心して話して」と言うだけでなく、実際に話した後のやり取りも見直す。その視点を、今回の事例に取り入れてみます。
🍀 成長を求める前に確認したい条件
求める行動が、具体的になっているか
「主体的に」という言葉を、「納期に影響する可能性が見えたら、未確定でも相談する」など、業務上の行動に置き換えます。
報告の時点で原因や解決策がそろっている必要があるのかも、合意しておきます。何を求めているかが伝わって初めて、実行上の難しさを話し合えます。
責任に見合う権限と、相談先があるか
優先順位を決められない人に、すべての納期を一人で守るよう求めていないでしょうか。
担当者が決められる範囲と、責任者へ判断を求める条件を分けます。相談先が不在のときの経路も必要になるかもしれません。
相談後の応答が、求める行動と矛盾していないか
「早く言って」と伝えながら、早く相談した人を「自分で解決していない」と責めていないでしょうか。
たとえば、最初にわかっている事実と必要な支援を確かめ、その後に原因や改善点を検討する進め方もあります。責任の確認をなくすことと、最初の相談を受け止めることは別です。
学ぶための手順と時間があるか
見通しの立て方がわからないなら、過去の作業例を一緒に確認したり、途中の確認点を決めたりできます。
振り返りの課題を増やす前に、その時間をどこから確保するかも考えます。「学ぶこと」を、忙しい本人への追加の宿題だけにしないようにしましょう。
内省の範囲を、本人が選べるか
仕事の進め方について説明を求めることと、私的な価値観や不安の開示を求めることは、区別します。
成人発達理論を学ぶ研修への参加や、個人的な振り返りを、忠誠心や意欲の証明にしないでください。本人が今必要としているのは、研修よりも具体的な業務調整かもしれません。
🍀 職場の条件を見直す小さな練習
管理職でない方も、自分が困っている条件を整理するために使えます。変更する権限がない場合は、実行を一人で引き受けず、相談できる範囲を考えてください。
1 評価の言葉を、観察できる行動に直す
「当事者意識が足りない」を、「遅れの懸念が、締め切り直前に共有される」と書き換えます。
行動が具体的になると、いつ、どこで、何が起きたかを話し合いやすくなります。
2 環境に関する仮説を、二つ以上置く
例:「懸念の段階で報告してよいと伝わっていない」「相談しても調整されず、報告する意味を感じにくい」。
それぞれについて、どんな情報なら説明に合い、どんな情報なら見直す必要があるかを一つずつ書きます。本人の性格だけで、説明を閉じないための練習です。
3 本人と確かめ、変更を一つ決める
例:「遅れが確定する前でも、懸念を共有してよいと合意する。相談を受ける時間と、受けた側が何を決めるかをそろえる」。
本人の負担が増えないかも確かめます。安全確認や必要な承認を省く変更はしません。
4 何を見て確かめるかを決める
例:「期限より前に困りごとを共有できたか」「共有後に優先順位や支援が決まったか」「余分な報告作業が増えていないか」。
相談の件数だけで成功を判断しないようにします。数が増えても、何が話せるようになったのかを見る必要があります。減った場合も、問題が解決したのか、言いにくくなったのかは、数だけではわかりません。
5 変化がなければ、仮説を見直す
すぐ改善しないからといって、「結局、本人の成長の問題だった」と戻らないようにしましょう。
決めた変更が実行されたか、本人に伝わったか、別の条件が妨げていないかを確かめます。条件が変わっても残る課題は、本人がどう理解しているかと併せて検討できます。
この練習は、問題の原因を確実に特定する手法ではありません。判断の根拠を見えるようにし、次の確認を選ぶための教育用の例です。
🍀 事例編を振り返る
事例編では、指摘の受け止め方、期待の食い違い、任せにくさ、信念の違い、仕事と家庭の文脈、職場の条件を扱いました。
どの回にも共通するのは、最初の解釈で説明を終わらせないことです。
- 観察できることと、自分が与えた意味を分ける。
- 複数の説明を置き、それが合わない可能性も確かめる。
- 本人の意味づけと、環境や関係の条件を両方見る。
- 理論を、人の段階や価値を判定する道具にしない。
自分の見方を振り返ることも、必要な支えを求めることも、相手への問い方を変えることもできます。
成人発達理論を読んだ後に、「この人は何段階だろう」よりも、「まだ何を知らないのだろう」という問いが残る。その問いを、日々の対話へ持ち帰ってみてください。
🍀 参考資料
職場の事例、仮説、確認項目、練習は本記事独自の教育用例です。研究で効果が検証されたプログラムではなく、発達段階の判定にも使用しません。
- Kegan, R.(1994). In Over Our Heads: The Mental Demands of Modern Life. Harvard University Press. 出版社提供の書籍紹介を参照。
- Edmondson, A.(1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383. DOI: 10.2307/2666999. 大学公開記録の抄録を参照。
- Edmondson, A. C.(2002). Managing the Risk of Learning: Psychological Safety in Work Teams. Harvard Business School公開稿、2002年3月15日付。主に6–7ページの概念説明を参照。
成人発達理論の連載:前の記事:職場と家族で言えることが異なる理由 成人発達理論で関係の条件を考える / 入門の第1回から読む
