主体と客体とは?自分の「当たり前」を見つめ直す成人発達理論
わからないことがあるのに、周囲へ相談できない。
「こんなことを聞いたら、仕事ができないと思われるかもしれない」と考えて、一人で調べ続けてしまうことはないでしょうか。
もちろん、自分で調べることも大切です。ただ、相談する必要があるとわかっていても動けないとき、自分の中では「質問すること」が、どのような意味になっているのでしょう。
第1回では、成人発達理論を「経験を意味づける枠組み」という視点から紹介しました。今回は、その中心にある主体と客体を学びます。
目指すのは、感情を消したり、いつでも冷静になったりすることではありません。自分にとって当たり前になっている考えを、少し立ち止まって眺めるための回です。
🍀 この記事でわかること
- キーガンの理論における主体と客体の意味
- 前提に動かされているときと、前提を検討できるときの違い
- 気づきを急いで結論や行動にせず、確かめるための方法
🍀 目次
- 主体と客体は、何を表す言葉?
- 自分の考えとの関係が変わるということ
- 「相談しない」理由を読み比べる
- 誤解しやすい三つのポイント
- 前提を見つめる小さなワーク
- まとめと次回のご案内
🍀 主体と客体は、何を表す言葉?
主体は、近すぎて見えにくいもの
キーガンの理論でいう主体(subject)は、自分がそこに深く入り込んでいるため、距離をとって検討しにくいものを指します。
たとえば、「質問をする人は能力が低い」という前提が、ごく自然な事実のように感じられている場合です。
そのときは、「質問することが、なぜ能力の低さになるのだろう」と考える前に、質問しないように行動が決まっているかもしれません。
ここでの主体は、「主体的な人」「自分で進んで行動する」という日常の意味とは異なります。
客体は、振り返る対象にできるもの
客体(object)は、自分が一歩離れて眺め、考え直したり、関わり方を選んだりできるものです。
「自分は、質問することを能力の低さと結びつけている」と気づけば、その結びつきについて考える余地が生まれます。
キーガンは、本人へのインタビューでも、自分が働きかけられるものと、近すぎて見えず自分に働きかけているものとの関係から、主体と客体を説明しています。参考:Kegan本人へのインタビュー
同じ考えが残っていても、考えと自分との関係が変わることがあります。それが、この用語を理解する手がかりになります。
🍀 自分の考えとの関係が変わるということ
「そうに違いない」から「私はそう捉えている」へ
次の二つの言い方を比べてみましょう。
- 「相談したら、信頼を失う」
- 「私は、相談すると信頼を失うと予測している」
二つ目の言い方では、自分の予測を、検討できる対象として扱っています。
ここから、「どんな経験をもとに予測しているのか」「相手や相談内容が変わっても同じなのか」「まだ確かめていないことは何か」と問いを続けられます。
ただし、言葉を置き換えるだけで、前提から自由になるわけではありません。「予測だと頭ではわかるけれど、やはり怖い」ということもあるでしょう。その怖さまで間違いにする必要はありません。
見えていなかった枠組みを、見つめられるようになる
キーガンとレイヒーは、以前はその枠組みを通してしか見られなかったものを、今度は枠組み自体として眺められるようになることを、発達と内省の関係から論じています。参考:Kegan & Lahey「From Subject to Object」公開抄録
本稿の相談の例は、その考えを身近に理解するためにつくったものです。一つの前提に気づいたことと、意味づけの構造全体が変化したことは、分けて考えましょう。
成人発達理論の学習を、「今日、自分を客体化できたから段階が上がった」という採点に使う必要はありません。
🍀 「相談しない」理由を読み比べる
次は架空の仕事場面です。表に見える行動だけで、内側の意味づけを判断できるか考えてみましょう。
共通する場面
新しい業務を任された担当者が、進め方に迷っています。先輩は「困ったら声をかけて」と言っていますが、担当者はまだ相談していません。
説明A 相談することが失敗になっている
「一人でできるから任されたはずです。聞いたら、任せたのは間違いだったと思われます。相談してよいかを考える余地はありません」
この説明では、任されることと、一人で完成させることが、強く結びついているように読めます。
問いかけるなら、「任された仕事で相談すると、あなたにとってどんなことが起きるのでしょう」と、その人の理解を確かめるところから始められます。
説明B 相談の条件を判断している
「聞いたら評価が下がる気がすることはあります。でも、それは自分の予測でもあります。今は手順書の確認が途中なので、15分だけ調べ、その後も不明なら相談するつもりです」
この説明では、怖さがありながらも、その予測と、仕事上の判断を分けて検討しています。
説明C 相談できる環境がない
「以前、質問したときに人前で強く責められました。相談してよいと言われても、その言葉を信じてよいか迷っています」
この場合は、本人の前提だけでなく、周囲の対応や相談経路を確かめる必要があります。
「あなたが考え方を変えればいい」で終わらせると、相談しにくい環境を見落としてしまいます。
読み比べから、何がわかるでしょうか
三つとも、外から見ると「相談していない」という同じ行動です。
しかし、質問の意味、本人が検討していること、環境の条件は異なります。
ここでBを「高い段階」、AやCを「低い段階」と割り振ることはできません。短い架空例は、考えと本人との関係を読み取る練習であって、人を判定する資料ではないからです。
相手を理解したいときには、行動の説明を急がず、本人にしかわからない意味を聴く余地を残しましょう。
🍀 誤解しやすい三つのポイント
客体にできた考えが、正しいとは限りません
客体という言葉を、客観的な正しさと同じにしないようにしましょう。
自分の前提を振り返れることと、その前提が事実に合っていることは別です。
「質問すると評価が下がる」という予測には、根拠がある場合も、まだ確かめられていない場合もあります。キーガンとレイヒーも、見つけた前提がすべて誤りとは限らず、表に出して確かめることが必要だと説明しています。参考:『Immunity to Change』公開抜粋、原著250ページ
感情を消すことが目的ではありません
「自分は不安を感じている」と言葉にできても、不安がすぐ弱まるとは限りません。
振り返る際は、「不安になる自分は未熟だ」と評価するより、何を心配していて、今どんな支えが必要かを考えてみましょう。
強く動揺しているときは、その場で分析を進める必要もありません。落ち着いて考えられる時間や相手を選ぶことも、現実的な選択です。
何でも一人で見つめられる必要はありません
自分にとって自然すぎる前提は、一人では言葉にしにくいこともあります。
信頼できる相手との会話で、「私はそう考えていたのか」と気づくかもしれません。ただし、相手に答えを決めてもらう必要はありません。
「あなたの本当の問題はこれだ」と断定されるより、「今の受け止め方は、あなたの感覚に合っていますか」と確かめ合える対話を大切にしたいですね。
🍀 前提を見つめる小さなワーク
安心して振り返れる、最近の小さな場面を選んでください。書いた内容を誰かに見せる必要はありません。
1 頭の中に浮かんだ言葉を書く
「断ったら嫌われる」「一度でできなければ失敗だ」など、そのときの言葉を一つ書きます。
うまく書けなければ、「何となく相談しにくかった」でもかまいません。
2 自分の予測として言い直す
「私は、断ると嫌われると予測している」のように書いてみます。
これは、考えを弱めるための呪文ではありません。自分がどう理解しているかを、紙の上で確かめるための書き方です。
3 根拠と、まだわからないことを分ける
次の二つを、一つずつ挙げてみましょう。
- その予測を支えている、実際の経験は何か
- 今回について、まだ確かめていないことは何か
「前に断って相手が不機嫌になった」は経験です。「今回も関係が終わる」は予測です。経験を軽く扱わず、同時に、まだ起きていないことも分けておきます。
4 残したい大切さと、選べる対応を考える
その前提の中に、今も大切にしたいことはあるでしょうか。
たとえば、関係を大切にしたい気持ちを残しながら、「引き受けられる範囲を伝える」「期限を相談する」という対応も考えられます。
今すぐ行動を変えなくてもかまいません。「まだ怖いけれど、自分が何を心配しているかは少しわかった」という振り返りも、一つの学びです。
🍀 まとめと次回のご案内
主体と客体は、自分と、考えや前提との関係を捉えるための言葉です。
- 主体は、自分と近すぎて距離をとりにくいもの。
- 客体は、振り返り、検討する対象にできるもの。
- 前提に気づいても、正しさや行動の変化、発達段階の変化が保証されるわけではありません。
「私は何を当然だと思っていたのだろう」。答えを急がず、この問いを日常の小さな場面で試してみてください。
次回は、他者との関係や期待が、自分を理解する土台になる「社会化された心」を取り上げます。周囲を大切にできる力と、期待が食い違ったときの戸惑いを、一緒に考えていきましょう。
🍀 参考資料
事例とワークは、概念を理解するために本記事で作成したものです。発達段階を判定する検査ではありません。
- Bachkirova, T.(2009). Cognitive-developmental approach to coaching: an interview with Robert Kegan. Coaching: An International Journal of Theory, Research and Practice, 2(1), 10–22. DOI: 10.1080/17521880802645951. 著者公開本文を参照。
- Kegan, R., & Lahey, L. L.(2010). From Subject to Object: A Constructive-Developmental Approach to Reflective Practice. In Handbook of Reflection and Reflective Inquiry, 433–449. 公開抄録を参照。
- Kegan, R., & Lahey, L. L.(2009). Immunity to Change. Harvard Business Press. HarvardX公開抜粋、原著248–250ページを参照。
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