成人発達理論とは?「心の構造」と意味づけから考える大人の成長
会議で自分の提案に、「もう少し検討したいですね」と言われた。
そのとき、「自分の力が足りなかった」と落ち込むこともあれば、「相手は何を確かめたいのだろう」と考えることもあります。
相手が発した言葉に加えて、私たちがその出来事をどう受け止めたかによって、その後の気持ちや行動は変わってきます。
この連載では、こうした受け止め方の土台にある「心の構造」に目を向けながら、成人発達理論を少しずつ学んでいきます。
第1回のテーマは、大人の成長を、知識や経験の量だけでなく、経験を意味づける枠組みから考えることです。
難しい用語を覚える前に、仕事の身近な場面から考えてみましょう。
🍀 この記事でわかること
- この連載で扱う「心の構造」とは何か
- 成人発達理論が注目する「意味づけ」の変化
- 自分の受け止め方を振り返るための、小さな練習
🍀 目次
- 「心の構造」とは、経験を意味づける枠組み
- 成人発達理論が考える大人の成長
- 職場の事例で、意味づけの違いを見てみる
- 「当たり前」を振り返る、主体と客体の入り口
- 自分を振り返る小さなワーク
- 理論を学ぶときに大切にしたいこと
- まとめと次回のご案内
🍀 「心の構造」とは、経験を意味づける枠組み
出来事を、私たちはどう理解しているのでしょうか
仕事の中で意見が食い違ったとき、「相手が間違っている」と感じることがあります。
ところが、話を聴いてみると、相手は自分とは違う条件や責任を気にかけていたとわかることもあります。
たとえば、企画を早く進めたい人と、実施後の負担を確かめたい人。同じ企画を話題にしていても、何に注目し、何を大切にしているかによって、見えている課題は異なります。
この連載では、自分や他者、出来事をどう結びつけて理解するかという「意味づけの枠組み」を、心の構造という言葉で扱います。
ここでいう構造は、脳の形や、心を構成する部品の説明ではありません。自分に起きたことを「どんな出来事として受け止めるか」を支える仕組みに注目するための言葉です。
考えの「内容」と「構造」を分けてみる
「協力は大切だ」という考えがあったとします。これは、何を大切にしているかという内容です。
もう一歩考えると、別の問いが生まれます。
- 協力することと、自分の意見を伝えることを、どう両立させているだろう
- 周囲の期待と自分の考えが食い違ったとき、何を手がかりに判断するだろう
- 自分の判断の前提を、どこまで振り返れるだろう
キーガンの理論が注目するのは、こうした経験のまとめ方です。彼は、意味づけの仕組みが、思考だけでなく、感情や行動も組織すると説明しています。参考:Keganの原論文抄録
「どんな意見を持っているか」だけを見ても、その人の心の構造はわからない、という点を覚えておきましょう。
🍀 成人発達理論が考える大人の成長
この連載では、キーガンの考え方を中心に学びます
成人の発達を扱う心理学には、さまざまな理論や研究があります。
この連載で中心に扱うのは、心理学者ロバート・キーガンの構成主義的発達理論です。キーガンは、人が経験に意味を与える枠組みそのものが、成人期にも変わりうると考えました。参考:Harvard Graduate School of Educationの本人紹介
「構成主義的」という言葉は少し難しく聞こえますが、まずは「人は、経験を自分なりに理解し、意味をつくっている」と捉えてみてください。
知識が増えることと、捉え方が変わること
たとえば、会議の進め方を学び、議題の整理や時間配分がうまくなる。これは仕事に役立つ大切な学習です。
一方で、「良いリーダーなら、いつでも答えを持っているべきだ」と強く考えていると、進行の技術を覚えても、メンバーの意見を待つことが難しいかもしれません。
そこで、「自分は、答えがない状態をどう受け止めているのだろう」と考えてみる。さらに、答えを持つことだけでなく、みんなで考える場をつくることにもリーダーの役割を見いだしていく。
この例は、知識を増やすことに加えて、仕事や自分自身の捉え方を見直す方向を示しています。
ただし、一つの考えが変わったことだけで、発達段階が変わったとはいえません。ここでは、成人発達理論が問いかける「経験の意味づけ」に触れる例として読んでください。
🍀 職場の事例で、意味づけの違いを見てみる
次の二つは、理解のためにつくった架空の例です。同じ言葉をどう受け止めるかに注目してみましょう。
共通する場面
打ち合わせで提案したあと、上司からこう言われました。
「この案は、もう少し検討したいですね」
受け止め方の例A
「期待に応えられなかった。提案が一度で通らない自分は、仕事ができないと思われたのかもしれない」
このように感じると、説明を急いだり、次の提案を控えたりすることがあるかもしれません。
受け止め方の例B
「どの点が気になっているのだろう。案の検討と、自分への評価がどう関係しているかは、まだわからない」
このように受け止めると、「実施方法と費用のうち、まずどちらを確認しましょうか」と質問する余地が生まれます。
比べたいのは、人の優劣ではありません
AとBは、その人の発達段階を示す例ではありません。同じ人でも、相手との関係や過去の経験、その日の余裕によって、受け止め方は変わります。
上司が実際に厳しい評価をしている可能性もあります。Bの受け止め方なら必ず正しい、ということでもありません。
ここで確かめたいのは、相手の言葉と、自分がその言葉に与えた意味を、少し分けて考えられるかどうかです。
「提案が通らなかった」という出来事から、「自分には価値がない」という結論までを、いつの間にか一つにつなげていなかったでしょうか。
そのつながりに気づくと、確かめたいことや、選べる対応を考えやすくなります。
🍀 「当たり前」を振り返る、主体と客体の入り口
キーガンの理論には、「主体(subject)」と「客体(object)」という重要な言葉があります。
ここでの主体は、日常語の「主体的に行動する」という意味とは異なります。
- 主体:自分が強くとらわれているため、そこから距離をとって眺めにくいもの
- 客体:自分が一歩離れて、振り返ったり、検討したりできるもの
キーガンとリサ・レイヒーは、自分と一体になっていて見えなかった前提を、眺められる対象にしていく動きを説明しています。参考:『Immunity to Change』公開抜粋、原著248ページ
先ほどの例でいえば、「提案は一度で通るべきだ」と疑わずに考えているときには、その前提そのものを検討することが難しくなります。
「自分は、一度で通らないと失敗だと思っていたんだな」と気づけば、その前提について考える余地が生まれます。
前提を捨てる必要はありません。「どんな場面では役に立ち、どんな場面では自分を苦しくさせるのだろう」と確かめていけばよいのです。
この短い振り返りは、主体と客体の考え方に親しむための入り口です。内省ができたことだけで、発達の程度を測るものではありません。
🍀 自分を振り返る小さなワーク
最近の仕事で、少し気になった場面を一つ思い出してみてください。
強いつらさのある経験を、無理に選ぶ必要はありません。まずは、安心して振り返れる小さな出来事で試してみましょう。
1 何が起きたかを書いてみる
相手が実際に言ったことや、確認できる出来事を書きます。
例:「提出した資料について、『この部分を補足してほしい』と言われた」
「信頼されていない」などの受け止め方は、次の項目に分けて書いてみます。
2 自分が与えた意味を書いてみる
そのとき、どんな意味に受け取り、何を感じたでしょうか。
例:「任せたのは間違いだったと思われた気がして、焦った」
ここでは、受け止め方を訂正しようとせず、そのまま言葉にします。
3 背景の前提と、別の可能性を考える
「私は、何を当然だと思っていたのだろう」と問いかけます。
例:「任された仕事は、修正なしで完成させなければならないと思っていた」
そのうえで、ほかにどんな可能性があるかも考えてみましょう。
例:「読み手が変わったのかもしれない」「情報が足りなかったのかもしれない」「出来栄えへの評価かどうかは、まだ確認していない」
無理に良い意味へ置き換えなくてかまいません。わからないことを、わからないまま残しておくこともできます。
4 一つだけ、確かめることを選ぶ
次に同じような場面があれば、何を確かめたいでしょうか。
例:「どの読み手に、何を伝えるための補足かを聞く」
振り返りの最後に、「最初の受け止め方はどう変わったか」「変わらなかったことは何か」を一言書いてみてください。
このワークは、理論を日常に引き寄せるための練習です。発達段階を判定する検査や、短期間で成長を保証する方法ではありません。
🍀 理論を学ぶときに大切にしたいこと
日常の行動だけで、発達段階を決めない
意見をはっきり言う人が、必ずしも発達しているとは限りません。周囲に合わせる人が、未熟だということでもありません。
同じ行動でも、何を考え、どのような関係や条件の中で選んだかは異なります。
「あの人はこの段階だ」と決める前に、その人が何を見て、何を大切にしているのかを聴く姿勢を大切にしましょう。
困りごとを、心の持ち方だけで説明しない
業務量が多すぎる、指示が曖昧、安心して発言できない。仕事の困難には、環境や関係性の問題も関わります。
意味づけを振り返ることと、必要な支援や環境の改善を求めることは、両方あってよいものです。理論を使って、自分や相手に我慢を求めないようにしたいですね。
成長を急がせない
学ぶことで、今まで自然だと思っていた見方が揺らぐこともあります。
キーガンは、成人に求められる複雑な課題を論じるとともに、それに向き合うための導きや支えの必要性も述べています。参考:『In Over Our Heads』出版社提供の書籍紹介
この連載でも、「早く次の段階へ進む」ことを目標にはしません。自分の経験を理解し、必要な支えを得ながら、対応の選択肢を考えるために学んでいきます。
🍀 まとめと次回のご案内
今回は、成人発達理論への入り口として、心の構造と意味づけについて考えました。
- この連載でいう心の構造は、経験をどう理解するかという枠組みです。
- キーガンの理論は、その枠組みが成人期にも変わりうることに注目します。
- 自分の「当たり前」を振り返ることは、理論を理解するための入り口になります。
まずは一つ、気になった出来事について、「何が起きたか」と「自分はどう受け止めたか」を分けて書いてみてください。
次回は、「主体と客体」をもう少し丁寧に取り上げます。自分を動かしている前提と、どう距離をとって向き合えるのかを、具体例から学んでいきましょう。
🍀 参考資料
本記事は、キーガンの理論を一般向けに説明したものです。職場の事例とワークは、本記事のために作成しています。
- Kegan, R.(1980). Making Meaning: The Constructive-Developmental Approach to Persons and Practice. The Personnel and Guidance Journal, 58(5), 373–380. 本記事では公開抄録を参照。
- Harvard Graduate School of Education. Robert Kegan. 本人の研究領域と主要著作を確認。
- Kegan, R., & Lahey, L. L.(2009). Immunity to Change: How to Overcome It and Unlock the Potential in Yourself and Your Organization. Harvard Business Press. HarvardX公開抜粋、特に原著248–250ページを参照。
- Kegan, R.(1994). In Over Our Heads: The Mental Demands of Modern Life. Harvard University Press. 本記事では出版社提供の書籍紹介を参照。
成人発達理論の連載:次の記事:主体と客体とは?自分の「当たり前」を見つめ直す成人発達理論
