自己変容の心とは?自分の価値観を持ちながら見直す成人発達理論
「自分なりの判断基準を持つことが大切だ」
仕事を続ける中で、そう感じた経験はないでしょうか。周囲の意見が違っても、自分が大切にしたいことを考え、理由を説明できる。それは、仕事や人間関係を支える力になります。
ところが、その基準がよく役立ってきたからこそ、そこから見えにくいこともあるかもしれません。
前回は、自分で判断の軸をつくる「自己主導の心」を取り上げました。今回は、自分の軸そのものにも、立ち止まって問いを向ける「自己変容の心」を学びます。
「もっと立派な人にならなければ」と読む必要はありません。自分が大事にしている見方と、どう付き合えるかを考えてみましょう。
🍀 この記事でわかること
- 自己変容の心が、自分の価値観をどう捉えるか
- 自己主導の心との違いと、混同しやすいこと
- 意見が食い違う場面から、自分の判断の枠組みを振り返る方法
🍀 目次
- 自己変容の心は、自分の枠組みにも目を向ける
- 職場の事例で、二つの考え方を比べる
- 自己変容の心についての、よくある誤解
- 自分の基準を見つめる小さなワーク
- 答えを急がず、必要な判断をする
- まとめと次回のご案内
🍀 自己変容の心は、自分の枠組みにも目を向ける
自分の考えを、唯一の見方にしない
自己変容の心(self-transforming mind)は、自分が築いた価値観や判断の枠組みを、一つの限りある見方として捉えるあり方です。価値観を持ち続けながら、その枠組みでは捉えきれない経験や、異なる枠組みとの関係から学んでいきます。キーガンとレイヒーが創設したMinds at Workは、自分の枠組みを複数の部分的な見方の一つとして扱うと説明しています。参考:Minds at Work「How Adults Grow」
「自分の意見にも間違いがあるかもしれない」という確認に加え、何を正しさの基準としているかにも問いを向ける、と考えてみてください。
「基準で考える」ことから「基準についても考える」ことへ
自己主導の心では、自分の内側につくった基準を使って、さまざまな期待や意見を判断します。自己変容の心では、その基準を組み立てている価値観のまとまりも、見直しの対象になります。参考:Minds at Workの三つの意味づけの説明
第2回の「主体と客体」で言えば、自分を支えている枠組みとの距離の取り方に関わる話です。キーガンは、変容を、自分がとらわれているものと、自分が眺められるものとの関係の変化として説明しています。参考:キーガン本人へのインタビュー、11ページ
たとえば、「公平でありたい」という価値観は大切にしたまま、「自分は公平さを、いつも同じ方法を使うことだけで考えていなかったか」と尋ねることができます。
大事にしてきたことを否定するためではなく、それをどう理解してきたかを確かめる問いです。
ただし、一つの判断基準を修正することと、意味づけの構造の変化は同じではありません。ここでは日常の問いを通して、理論の考え方に触れています。
🍀 職場の事例で、二つの考え方を比べる
ここからは、本記事のために作成した架空の例です。AとBは特定の発達段階を判定する見本ではありません。
共通する場面
チームリーダーの森さんは、引き継ぎ資料を同じ書式に統一しようとしています。「担当者による違いを減らすことが、公平で働きやすい職場につながる」と考えているからです。
同僚から、「案件ごとに必要な情報が違うので、同じ項目だけでは引き継ぎにくいです」と意見が出ました。
考え方の例A 基準に沿って改善する
「書式がばらばらだと、読む人が困る。統一する方針は保ちつつ、必要な情報を追加できる欄をつくろう」
森さんは、共通の書式に自由記入欄を設ける案を考えました。
自分の目的を明確にし、相手の意見も取り入れています。この対応が、実際の仕事に十分役立つこともあるでしょう。
考え方の例B 基準の捉え方も問い直す
「私は、同じ書式なら公平だと思っていた。けれど、案件によっては、書く人に余計な作業をさせているかもしれない。読む人にとっても、同じ項目があるだけでは必要な情報をつかめないのではないか」
森さんは、書式をそろえる考え方と、案件の事情を伝える考え方を、どちらも検討してみることにしました。
「公平さを考えるとき、書式の同一性だけでなく、必要な情報へのたどり着きやすさや、作成の負担も見てみたい。今の考え方では、誰の負担を見落としているだろう」
そのうえで、共通項目を残すか、案件別の書式にするかを話し合います。
比較のポイントは、結論よりも問いの向け先
Aでは、統一する方針を基準にして改善案を探しています。Bでは、統一と公平を結びつけてきた自分の考え方にも問いを向けています。
ただし、Bを読んで「柔軟だから自己変容の心だ」と決めることはできません。文章で示したのは、この回の視点を理解するための一場面にすぎないからです。
AとBが、最後には同じ書式を選ぶこともあります。反対に、書式を変えたとしても、「上司に言われたから」という理由かもしれません。変更、妥協、賛成という行動だけでは、その人の意味づけはわかりません。
まずは、「自分なら、どちらの問いが浮かびやすいだろう」と読んでみましょう。
🍀 自己変容の心についての、よくある誤解
価値観を持たず、相手に合わせることなのでしょうか
自分の基準を検討できることと、判断を相手任せにすることは違います。
森さんなら、「引き継ぐ人が困らないようにしたい」という思いを保ちながら、書式をそろえることの意味を考え直せます。相手の意見に反対する場合も、何を大切にして反対するのかを説明できます。
何にでも賛成したり、対立が起きないように自分を消したりすることを、目標にしないでください。
複数の意見を折り合わせればよいのでしょうか
折衷案は、仕事を進めるうえで役立つ方法です。ただ、二つの案を半分ずつ採用しただけで、自分の価値観との関係が変わったとはいえません。
この回で考えたいのは、「相手を納得させる材料を増やす」ことに加えて、「相手の見方に触れることで、自分の問いの立て方も変わりうるか」という点です。
すべての考えを、無理に一つにまとめる必要もありません。違いが残るところを、はっきりさせておくこともできます。
迷いのない、完成された人になるのでしょうか
この言葉を、悟りや人格の完成と結びつけないようにしましょう。知らないことは残り、感情が動くこともあります。
キーガン自身も、理論を見直す中で、意味づけの「構造」と、人とのつながり方などの「スタイル」を区別してきたと述べています。穏やかさや社交性を、そのまま構造の指標にはできません。参考:本人へのインタビュー、13ページ
「いつも穏やかで、すべてを理解する人」を演じようとしなくてよいのです。
🍀 自分の基準を見つめる小さなワーク
以下は、理論を身近に考えるための本記事独自の練習です。発達段階を測定したり、変化を保証したりするものではありません。
まずは、先ほどの森さんの事例を使ってください。自分の経験で試す場合も、安心して振り返れる軽い話題を選びましょう。
1 最初に納得したところを探す
AとBを読み、納得した一文と、少し引っかかった一文を書きます。
例:「書式がばらばらだと困る、には賛成。でも、全部そろえれば公平なのかは気になった」
どちらが正解かを決める前に、自分の反応を確かめます。Bに共感する必要はありません。
2 自分の判断を支える基準に名前をつける
なぜ、その一文に納得したのでしょうか。
例:「私は、誰が担当しても同じ品質になることを大切にしている」
「自分は頭が固い」と性格でまとめず、何を守ろうとしているのかを書きます。基準を言葉にすると、その働きを具体的に考えやすくなります。
3 その基準がよく働く場面と、捉えにくい場面を考える
例:「定型的な案件なら、共通の書式は便利。特殊な事情がある案件では、重要な情報が欄の外に出るかもしれない」
基準を悪者にせず、役立つ範囲を確かめてみます。「どんな条件でも正しい」と感じるときは、無理に反論をつくらず、今はそう感じていると残してかまいません。
4 別の立場から、一つ質問をつくる
自分と違う意見を持つ人の事情を、勝手に決めつけない質問を考えます。
例:「この書式では伝えにくい情報には、どんなものがありますか」
「なぜルールを守れないのですか」と聞くと、自分の枠組みの中に相手を戻す問いになりやすいですね。相手が何を問題としているのかを確かめる言葉を探してみましょう。
5 基準について、今言えることを書く
最後に、最初の基準をどのように捉え直したか、一文にします。
例:「統一は大切だが、公平さを判断するときには、利用する人の条件も確かめたい」
何も変わらなければ、「今の基準を保ちたい。まだ確かめていない点はこれ」と書いても十分です。この練習で必要なのは、立派な結論ではなく、自分の考えと未確認のことを区別することです。
🍀 答えを急がず、必要な判断をする
自分の枠組みを問い続けると、いつまでも決められなくなりそうに感じるかもしれません。
実際の仕事では、期限や責任の範囲があります。今わかっていることから判断し、何がわかれば見直すかを残しておく方法もあります。
森さんなら、「まずは共通書式を使い、伝えにくかった情報を確認してから修正する」と決められます。これは仕事の進め方の一例であって、発達段階の証明ではありません。
また、安全や権利を守るルールを、「いろいろな見方があるから」と曖昧にする必要はありません。相手を理解することと、不当な要求を受け入れることは分けて考えましょう。
振り返りが負担になるときは、そこで区切ってかまいません。ひとりで考えるより、安心して話せる相手に事情を説明したほうが、整理しやすい場合もあります。
🍀 まとめと次回のご案内
今回は、自己変容の心を、自分の判断の枠組みとの付き合い方から考えました。
- 自分の価値観を持ちながら、その限界や前提にも目を向けます。
- 違う見方との出会いを、自分の問いや基準を検討する機会にできます。
- 柔軟な発言や妥協だけで、人の発達段階は判断できません。
まずは「自分の基準が役立つのは、どのような場面だろう」と、一つ考えてみてください。
前提に気づいても、すぐに行動を変えられるとは限りません。次回は、「変わりたいのに変われない」という経験を考える手がかりとして、キーガンとレイヒーの「変化への免疫」を取り上げます。
🍀 参考資料
理論部分には以下の一次資料を参照しました。職場の事例、説明のための問い、振り返りワークは本記事のために作成したものです。
- Minds at Work. How Adults Grow. キーガンとレイヒーが創設した団体による理論解説。自己主導・自己変容の心の説明を参照。
- Bachkirova, T.(2009). Cognitive-developmental approach to coaching: an interview with Robert Kegan. Coaching: An International Journal of Theory, Research and Practice, 2(1), 10–22. 著者公開の本文、特に11・13ページの本人の説明を参照。
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