心の構造

成人発達理論を仕事と傾聴に生かす 成長を急がず、違いを理解するために

職場で相手の話を丁寧に聴く二人の同僚
kokomaru

成人発達理論を学ぶと、会議や相談の中で、「この人は、どのように考えているのだろう」と関心が向くかもしれません。

一方で、「この人は自分の軸がない」「あの人は、まだ前の段階だ」と、相手の言動を分類したくなることもあります。

理論を知ることで、相手の話が聴きにくくなってしまうのは、もったいないことです。

最終回では、これまでの学びを、自分と相手の意味づけを確かめ、必要な支えを考えるために使う方法を整理します。

記事を読み終えてすぐ、誰かを変える必要はありません。日常の一つのやり取りを、少し丁寧に振り返るところから始めましょう。

🍀 この記事でわかること

  • 相手を分類せずに、意味づけを確かめる対話の考え方
  • 学びを支える環境や、無理のない挑戦の整え方
  • 成人発達理論で説明できることと、決めつけてはいけないこと

🍀 目次

  1. 理論を、話を聴くための手がかりにする
  2. 「自分で考えてほしい」と感じた場面を読み比べる
  3. 学びには、挑戦と支えの両方が必要
  4. 自分と相手を振り返る小さなワーク
  5. 理論の限界を知っておく
  6. 全7回のまとめ

🍀 理論を、話を聴くための手がかりにする

本人にとって、何が大切になっているのでしょうか

これまでの連載では、同じ行動でも、その人が与えている意味は異なることを繰り返し見てきました。

たとえば、上司に判断を確かめる行動には、「相手の期待を外すのが怖い」「自分の権限がわからない」「重大な変更なので確認が必要」など、いくつもの背景が考えられます。

理由がわからないまま発達段階の名前を当てはめると、実際に必要な情報や支援を見落としかねません。

まずは、その人にとって、この場面の何が難しく、何を大切にしたいのかを確かめてみましょう。

自分の理解も、確かめる対象にする

相手の話を聴いていて、「自分で決めるのが怖いのだろう」と感じたとしても、それはまだ自分の解釈です。

「どの点を確認できると進めやすいですか」と聞けば、本人の言葉を受け取れます。

説明を聞いた後も、「私の理解では、費用の判断だけ確認したいということですが、合っていますか」と確認できます。

傾聴の場では、理論を詳しく説明することよりも、相手が話した意味を取り違えていないかに注意を向けたいですね。

🍀 「自分で考えてほしい」と感じた場面を読み比べる

次は、理論の使い方を考えるための架空の例です。

共通する場面

チームの担当者が、資料の変更について毎回確認してきます。先輩は、「もっと自分で考えて進めてほしい」と感じています。

やり取りA 相手の内面を決めつける

先輩:「いつも承認を求めるのは、自分の軸がないからだと思う。もっと自立してほしい」

担当者:「……わかりました」

このやり取りでは、担当者が何を確認したかったのかがわからないままです。

先輩は成長を促したつもりでも、「自分は頼りないと見られている」という不安だけが残るかもしれません。

やり取りB 判断しにくい条件を確かめる

先輩:「資料を変えるとき、どの点を確認できると進めやすいですか」

担当者:「読みやすく直すのはできます。ただ、お客様との約束に関わる部分を変えてよいかがわかりません」

先輩:「そこが気になっていたのですね。見た目や説明の順序は任せます。納期や費用の記載は、一緒に確認しましょう」

担当者:「その区別があれば、先に進められそうです」

ここでは、本人の発達段階を判断せずに、仕事を進める条件を整えています。

同じ質問でも、答えによって支え方は変わります

別の担当者なら、「自分が変更して、相手を怒らせたら怖い」と話すかもしれません。

その場合も、すぐ「社会化された心だから」と結論づける必要はありません。実際に何が起きたのか、どの変更が心配なのか、相談できる相手はいるかを確認できます。

AとBを比べる際は、「Bの先輩は高い段階だ」と評価するより、どちらのやり取りで、本人の考えや必要な条件を確かめられたかに注目してください。

🍀 学びには、挑戦と支えの両方が必要

求めることに見合う支えを用意する

新しい役割や、考えの異なる人との協働は、自分の見方を振り返る機会になることがあります。

ただ、難しい仕事を渡し、「成長のためだから」と任せきりにすればよいわけではありません。

キーガンは、成人に課される複雑な要求を論じるとともに、それに向き合うための導きや支援の必要性を述べています。参考:『In Over Our Heads』出版社提供の書籍紹介

仕事で応用するなら、たとえば次の条件を確認できます。

  • 何を目指し、どこまで自分で決めてよいかがわかる
  • 迷ったときの相談先と、相談できる時間がある
  • 一度で完成させる前に、途中で確かめる機会がある
  • 引き受ける業務と、今の時間や負担が釣り合っている

これらは発達を保証する条件ではありません。本人が仕事と学びに向き合うための、実務上の支えの例です。

本人が取り組みたいことから始める

周囲が「もっと変わるべきだ」と感じていても、本人がその課題に取り組みたいとは限りません。

キーガン本人も、コーチングについてのインタビューで、発達を押しつけず、本人が選ぶ課題を起点にする姿勢を説明しています。参考:Kegan本人へのインタビュー

業務上必要なことは、行動や役割として具体的に話し合えます。その話と、「あなたの内面を変えなさい」という要求は分けておきたいものです。

また、仕事の振り返りをする場合でも、個人的な不安や価値観を、すべて上司や同僚へ開示する必要はありません。何を話すかは、本人が選べるようにしましょう。

🍀 自分と相手を振り返る小さなワーク

最近、会話がかみ合わなかった場面を一つ選びます。まず自分一人で考えるための練習です。相手に質問する場合は、状況や関係に合う言い方にしてください。

1 起きたことと、自分の解釈を分ける

例として、次のように書いてみます。

  • 起きたこと:「会議で意見を尋ねたが、相手は『少し考えたい』と答えた」
  • 自分の解釈:「主体性がないのだと思った」

どちらも書くことで、自分が足した意味が見えやすくなります。

2 自分の期待を言葉にする

「私は、この場面で相手に何を期待していただろう」と考えます。

例:「会議の中ですぐ意見を出すことが、参加する人の責任だと思っていた」

その期待は相手に伝わっていたでしょうか。考える材料や時間は、十分だったでしょうか。

相手だけでなく、自分の会議の進め方も振り返る対象にします。

3 別の可能性と、確かめる問いを一つずつ書く

例:「相手は、関係する数字を確かめてから答えたかったのかもしれない」

確かめる問い:「意見を整理するために、追加で必要な情報はありますか」

「なぜ自信がないのですか」のように、理由を先に決めた質問になっていないかも見直してみましょう。

4 変えられる条件と、振り返る目安を決める

例:「次回は議題と資料を先に共有する。会議後に、意見を準備しやすかったかを確かめる」

振り返りの目安は、「相手の段階が上がったか」ではありません。「必要な情報がわかったか」「相談しやすくなったか」「判断の条件を共有できたか」など、実際のやり取りを確かめます。

うまくいかなかった場合も、本人の成長不足と結論づけず、問い方や条件が合っていたかを再検討できます。

🍀 理論の限界を知っておく

一つの理論で、人のすべては説明できません

この連載は、成人発達を考える複数の理論の中から、キーガンの構成主義的発達理論を中心に扱いました。

意味づけの構造は、人を理解する一つの視点です。専門知識、疲れ、経験の差、権限、文化や職場慣行なども、行動に関わります。

たとえば、困っている理由が手順を知らないことなら、手順の説明が必要です。人手が足りないなら、負担の調整を考える必要があります。何でも「発達の課題」に置き換えないようにしましょう。

研究の対象と範囲を確かめましょう

キーガンらの成人教育研究では、米国の三つの教育プログラムに参加した成人を、1年以上にわたって追跡しました。初期の58人のうち、研究全体に参加したのは41人です。知識・技能の学習と、意味づけの変化を区別して調べています。参考:Keganほか、NCSALL研究要約

これは、特定の教育環境を詳しく調べた研究です。この結果を、そのまま日本のすべての職場や成人に当てはめることはできません。

同じ報告では、意味づけの複雑さと人生満足度との統計的な関連は確認されませんでした。この一研究から「関連はない」と一般化することもできませんが、「発達段階が高いほど幸福になる」と単純に結びつける根拠にはなりません。参考:同研究要約、本文23ページ

人の価値や能力の順位にしない

理論上、意味づけの構造には、以前の枠組みを振り返れるようになるという違いが示されています。それを、その人の価値や、仕事の能力全体の順位に置き換えないようにしましょう。

この連載の短い事例やワークも、発達段階を判定する検査ではありません。相手の発言だけから評価をつけたり、採用や昇進の判断材料にしたりする使い方は想定していません。

考え直せることと、すぐ変われることは別です

前提に気づいても、慣れた行動に戻ることはあります。理解を深めるだけで、役割や環境の問題が解決するとも限りません。

休む、手順を学ぶ、仕事を調整する、信頼できる相手と話す。内省だけに方法を絞らず、今の状況に合う選択をしてください。

🍀 全7回のまとめ

この連載では、次の順番で成人発達理論を学びました。

  1. 心の構造と意味づけ:経験をどう理解しているかに注目する。
  2. 主体と客体:自分の当たり前を、振り返る対象にする。
  3. 社会化された心:他者の期待や共有された価値が、自分を理解する土台になるあり方を知る。
  4. 自己主導の心:自分が引き受ける判断基準から、複数の期待を検討するあり方を知る。
  5. 自己変容の心:自分の枠組みの限界も見つめ、異なる見方から学ぶあり方を知る。
  6. 変化への免疫:変えたい行動が、何を守っているのかも考える。
  7. 実践と限界:相手の意味を確かめ、必要な支えを整えながら理論を使う。

すべてを一度に覚える必要はありません。気になったやり取りがあれば、関連する回へ戻ってみてください。

自分は何を当然だと思っていたのか。相手には、どのような意味があったのか。まだ確かめていないことは何か。

その問いを持ちながら話を聴くことを、連載を読んだ後の小さな実践にしていただけたらと思います。

🍀 参考資料

職場の事例、会話、ワークは、本記事のために作成しています。支援や対話の提案は、研究で効果が確認された介入としてではなく、理論の考え方を日常へ引き寄せる例として示しています。

成人発達理論の連載:前の記事:変化への免疫とは?変わりたいのに変われない理由をやさしく考える / 次の記事:同じ指摘でも受け取り方が違うのはなぜ?意味づけを確かめる成人発達理論

ABOUT ME
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雑食系学習者
専門にとらわれず、興味のタネを見つけては掘り下げる「雑食系学習者」。 文系・理系の垣根を越え、心理学・哲学・教育・社会理論などをつまみ食いしながら、「人間を理解すること」をテーマに独自の視点で探究を続けています。

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