心の構造

任せたいのに任せられない 競合するコミットメントから考える仕事の抱え込み

仕事のノートを共有し、分担について相談する同僚
kokomaru

「今度こそ、担当者に任せよう」

そう決めたはずなのに、途中で気になって資料を開き、気づけば自分で書き直している。任された側から「どこまで自分で進めてよいのですか」と尋ねられ、返事に困る。

こんな場面を、「人を信じられない性格だから」と片づけてしまう前に、確かめたいことがあります。

前回は、異なる期待の間で、自分の判断をどう引き受けるかを考えました。今回は、基礎編第6回の「変化への免疫」を手がかりに、任せたい気持ちと、任せることで失うと感じているものを見ていきます。

ただし、任せにくさには仕事の条件も関わります。内面の説明と、実務上の説明を並べて読むことが、この回の課題です。

🍀 この記事でわかること

  • 望む変化と競合するコミットメントを、仮説として考える方法
  • 任せにくさを、育成不足や役割、実際のリスクからも確かめる視点
  • 必要な確認を省かず、任せることの意味を振り返る小さな方法

🍀 目次

  1. 任せると言いながら、書き直してしまう
  2. 競合するコミットメントという仮説
  3. 内面以外の説明も並べてみる
  4. 任せる範囲と確認する責任を分ける
  5. 任せる前の一枚メモ
  6. まとめと次回のご案内

🍀 任せると言いながら、書き直してしまう

ここからは、本記事のために作成した架空の事例です。実在する人物の分析や、理論の効果を示す研究事例ではありません。

山口さんと三木さんの引き継ぎ

制作チームをまとめる山口さんは、毎月の社内報告資料を、同僚の三木さんに引き継ごうとしています。三木さんはデータの集計には慣れていますが、報告資料の作成を最初から担当するのは初めてです。

山口さんは「今回は全体を任せます。金曜日に一緒に確認しましょう」と伝えました。ところが水曜日の夜、共有資料を開き、見出しの順番と説明文を書き換えます。

金曜日、三木さんは言いました。

「どこを直す必要があったのか知りたいです。次も途中で変わるなら、まず山口さんの案を待った方がよいでしょうか」

山口さんは、「待たずに考えてほしい」と思いながら、自分が先に手を入れたことも気になります。

事実として置けることは何でしょうか

この事例で示した事実は、山口さんが金曜日の確認を伝えたこと、水曜日に書き換えたこと、三木さんが判断範囲を質問したことです。

「山口さんは支配したい」「三木さんは主体性がない」は、そこに読み手が加えた解釈です。

まだわからないこともあります。説明文に誤りがあったのか。三木さんに参考資料を渡していたのか。山口さんには、いつでも編集するという認識があったのか。報告資料には、どのような確認規定があるのか。

まず、この空欄を残しておきましょう。空欄を理論の言葉で埋めると、詳しく理解したように感じても、必要な情報を取り逃がします。

🍀 競合するコミットメントという仮説

望んでいることが二つあるのかもしれません

振り返りの中で、山口さんはこう話したとします。

「三木さんに経験を積んでほしいし、自分の仕事も減らしたいです。でも、自分がすぐ答えられない資料になると、責任者として役に立っていない感じがします」

これは「そう感じる」という本人の報告です。すべての書き直しの原因が明らかになったわけではありませんが、検討する手がかりにはなります。

キーガンとレイヒーは、本人が望む変化と並んで、別の大切なものを守ろうとする働きがあり、結果として変化を妨げる場合を論じています。その守ろうとする方向が「競合するコミットメント」です。参考:Minds at Work「Immunity to Change」

山口さんなら、「担当者に経験を積んでもらう」と同時に、「何でも把握し、すぐ答えられる責任者であり続ける」ことにも力を注いでいるのかもしれません。

ここでの仮説は、「任せたくないのが本心だ」というものではありません。二つの願いが、それぞれ切実である可能性を考えています。

守りたいものと前提を分ける

「役に立つ責任者でいたい」は、大切にしていることです。一方、「資料の細部を自分で決めなければ、役に立つ責任者ではいられない」は、そのために必要だと考えている前提です。

前提が正しいと感じていれば、自分で書き直すことには理由があります。著者らのいう「大きな前提」は、このように当然の現実として扱っている考えを、確かめる対象にするための概念です。参考:『Immunity to Change』公開抜粋、原著246–250ページ

「責任を持つこと」を手放す必要はありません。何をすれば責任を果たせるのか、今の理解を検討してみます。

この説明が当てはまらない可能性も探す

もし山口さんが、他の担当者には同じ資料を任せていて、三木さんの資料に限って実際の誤りを直していたなら、競合するコミットメントを主な理由にする説明は弱まります。

また、確認の担当を正式に分けた後は手を入れなくなり、「役に立たない感じ」も生じなかったなら、役割の曖昧さの方が中心だった可能性があります。

本人が「その説明は自分の感覚と違う」と話すことも、仮説を見直す大切な情報です。「本人にはまだ自覚がないから」と押し通さないようにしましょう。

🍀 内面以外の説明も並べてみる

次の三つも、同じ出来事を説明する候補です。複数が同時に関わることもあります。

仮説A 作成に必要な学習が足りなかった

三木さんは集計ができても、報告先が何を知りたいか、どの数字を比較するかまでは教わっていなかったのかもしれません。

確かめるなら、完成例と判断理由が共有されていたか、練習と質問の時間があったかを見ます。本人に「何がわかれば作れそうですか」と尋ねることもできます。

一方、三木さんが同じ条件の資料をすでに複数回作成し、合意した基準を満たしていたと確認できれば、この説明は弱まります。山口さんの好みと違うことを、そのまま能力不足と呼ばないことも大切です。

仮説B 任せる範囲が共有されていなかった

「全体を任せる」が、山口さんには「下書きを作ってもらう」、三木さんには「構成も決める」という意味だった可能性があります。

どこまで決めてよいか、誰が最終確認をするか、途中で変更するときはどう知らせるかを確かめます。

反対に、その範囲が具体的に合意され、二人とも同じ説明ができるのに、山口さんが合意外の書き換えを続けるなら、役割の曖昧さだけでは説明しきれません。

仮説C 実際に防ぐ必要のあるリスクがあった

資料に未確定の数字や、閲覧者を限る情報が含まれていたなら、確認は必要です。過去の事故や社内規定を知っている山口さんが、問題を止めようとしていた可能性もあります。

変更履歴を見て、正確性や情報管理のための修正と、表現上の好みを分けます。「危ない気がする」だけでなく、どの情報が誰にどう影響するかを具体的にします。

同じ内容を別の担当者が作ったときには修正せず、今回の変更も語尾や配色だけだったなら、実際のリスクを主因とする説明は弱まるでしょう。ただし、確認できなかったことを、危険がない証拠にはしません。

🍀 任せる範囲と確認する責任を分ける

自分で作らないことと放置することは違います

二人が話し合うとしたら、次のようなやり取りが考えられます。

山口さん:「構成まで任せるのかを、はっきり伝えていませんでした。まず、私が変えた理由を一緒に確認したいです」

三木さん:「数字の意味は確認してほしいです。見出しの順番は、自分の案を説明してから決めたいです」

山口さん:「では、構成案は三木さんが作り、金曜日に理由を聞かせてもらいます。数字と共有範囲の確認は、これまでどおり残しましょう」

これは、内面を語らなくてもできる仕事の調整です。三木さんに、山口さんの不安を解消する役目を引き受けてもらう必要もありません。

話がまとまっても、理由が証明されたわけではありません

仮に次の回で書き換えが減っても、何が効いたかはまだわかりません。範囲が明確になった、作成経験が増えた、今回は難しい数字がなかった、といった説明も残ります。

山口さんが安心できたとしても、その一回で意味づけの構造が変わったとは判定できません。この架空のやり取り自体も、方法の効果を証明するものではありません。

事例から持ち帰りたいのは、原因を一つに決める結論ではなく、確かめた情報に応じて、説明と対応を変えられる読み方です。

🍀 任せる前の一枚メモ

以下は本記事独自の内省ワークです。正式なImmunity to Changeの実施手順や、心理検査ではありません。まず山口さんの事例で取り組めます。自分の経験を使う場合も、本人が望む、小さな課題を選びましょう。

1 変えたい行動を一つだけ書く

「もっと任せる」ではなく、「約束した確認時刻より前に、相談せず構成を書き換えることを減らしたい」と書きます。

他人から要求された目標なら、自分も取り組みたいかを確認します。今は必要な研修や時間の確保を先に求めたい、という答えでもかまいません。

2 残すべき確認を書いておく

正確性、個人情報、契約、安全など、実務上必要な確認は残します。担当者の権限、相談先、途中で止める条件も明確にします。

「信頼する練習だから」と、承認を飛ばしたり、実際の顧客や同僚を危険にさらしたりしてはいけません。任せられる範囲がまだなければ、ここで止めて条件を整えます。

3 自分の予測と、それを弱める情報を書く

例:「自分と違う構成を認めると、責任者として説明できなくなる気がする」

その予測を弱める情報は何でしょうか。たとえば、「担当者の説明を聞けば、構成の理由を理解し、必要な点を説明できる」です。

「不安だった」ことと「説明できなかった」ことは、別々に記録します。感じた不安の強さだけでは、実際の結果はわかりません。

4 実務に影響しない範囲で確かめる

可能なら、協力に同意した相手と、実務に使わない短い練習用資料を読みます。自分の案に直す前に、相手の構成の理由を聞き、内容を説明し返せるか確かめる方法があります。

著者らも、前提を試す際には、安全で小規模であること、前提を疑う情報も集めることを重視しています。参考:『Immunity to Change』原著261–262ページ

相手の負担や評価上の不利益が心配なら、実施せず、架空の資料を一人で検討するだけでも十分です。内省内容を上司に提出する必要はありません。

5 わかった範囲と残った疑問を分ける

「自分で構成しなくても、今回の短い資料の説明はできた。ただし、本番の報告で判断できるかは未確認」と書けます。

うまくいかなかった場合は、説明不足、資料の難しさ、練習時間なども振り返ります。「やはり人には任せられない」と全体へ広げず、次に必要な情報を一つ残して終えましょう。

🍀 まとめと次回のご案内

任せにくさには、自分にとって大切なものを守る働きが関わることがあります。同時に、学習機会、役割、実際のリスクも確かめる必要があります。

  • 競合するコミットメントは、本人と確かめる仮説として扱います。
  • 自分の説明に合わない情報も探し、必要なら見立てを変えます。
  • 任せる範囲を整え、必要な安全確認と本人の選択を守ります。

次回は「信念のある人同士の対話」です。どちらも大切な価値を持っているのに話が進まないとき、自分と相手の基準をどう確かめるかを考えます。

🍀 参考資料

事例、会話、ワークは本記事のために作成した教育用の例です。職場での効果や発達上の変化を検証した介入として示しているものではありません。

  • Kegan, R., & Lahey, L. L.(2009). Immunity to Change. Harvard Business Press. HarvardX公開抜粋。原著246–250・261–262ページを参照。
  • Minds at Work. Immunity to Change. 著者らが創設した団体による概念の説明。

成人発達理論の連載:前の記事:期待が食い違うとき、どう判断する?自分の基準と仕事の条件を整理する / 次の記事:信念のある人同士の対話 大切な価値がぶつかるときに確かめたいこと

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雑食系学習者
専門にとらわれず、興味のタネを見つけては掘り下げる「雑食系学習者」。 文系・理系の垣根を越え、心理学・哲学・教育・社会理論などをつまみ食いしながら、「人間を理解すること」をテーマに独自の視点で探究を続けています。

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