期待が食い違うとき、どう判断する?自分の基準と仕事の条件を整理する
「早く進めてほしい」と言う人と、「確認を終えるまで待ってほしい」と言う人がいる。
両方の事情がわかるからこそ、どう動けばよいのか決めにくくなることがあります。
「自分に判断力がないのだろうか」と考える前に、何が食い違い、どこまで自分が決められるのかを整理してみましょう。
今回は、成人発達理論の「他者の期待と、自分の判断基準との関係」を、仕事の調整場面から学びます。
目標は、すべての期待に応えることではありません。何を確かめ、何を大切にして、誰と判断するのかを説明できるようになることです。
🍀 この記事でわかること
- 期待への戸惑いと、現実の業務上の矛盾の違い
- 人間関係を大切にしながら、判断の基準をつくる考え方
- 自分の判断と、周囲の合意・権限を両立させる方法
🍀 目次
- 二つの依頼の間で、手が止まった
- 困っている理由を、三つの仮説で考える
- 自分の基準を持つとは、何をすること?
- 三つの対応案を、条件と一緒に読み比べる
- 判断の根拠を言葉にする練習
- 結論を出した後も、見直す条件を残す
- まとめと次回のご案内
🍀 二つの依頼の間で、手が止まった
架空の事例 金曜日の打ち合わせ資料
中村さんは、お客様との打ち合わせ資料をまとめる担当者です。
木曜日の午後、営業担当から「明日の朝までに、三つの案を比較できる資料にしてほしい」と依頼されました。金曜日の午前に、お客様と方向性を相談する予定があるためです。
一方、開発担当からは「仕様の確認は明日の午後までかかる。未確認の内容を確定事項として出さないでほしい」と言われています。
中村さんは、営業担当を待たせたくありません。開発担当にも、無理な説明をさせたくありません。「どちらも大切だから、まず自分で何とかしよう」と、資料を作り直し始めました。
ところが、埋められない項目が残り、どちらへ連絡するかも決められなくなってしまいました。
最初から決まっていないことがあります
この場面では、金曜日の午前に、何を決めたいのかがまだ明確ではありません。
三案すべての仕様を確定する必要があるのか。大まかな方向性だけを相談できるのか。未確認の点を明示した資料でもよいのか。
また、中村さんに、打ち合わせの延期や説明内容を決める権限があるかもわかりません。
まずは、資料を完成させる努力を続ける前に、この未確認の条件に目を向けてみます。
🍀 困っている理由を、三つの仮説で考える
仮説A どちらかの期待を外すと、関係を失うと感じている
中村さんは、どちらかを待たせると「頼りない人だと思われる」と予測し、相談しにくくなっているのかもしれません。
本人が「事情を伝えるだけでも、見放される気がする」と話すなら、この仮説を考える手がかりになります。
反対に、「相手にどう思われるかはそれほど心配していない。打ち合わせの目的と権限が不明なので動けない」と説明するなら、期待への不安だけでは十分に説明できません。
相手を気遣っている様子から、「承認を求めているのだ」と決めないことが大切です。
仮説B 関係者の間で、必要な完成度が共有されていない
営業担当は方向性を相談する資料を求め、開発担当は仕様を保証する資料だと受け取っているのかもしれません。
それぞれに「明日の場で何を判断したいか」を確認し、答えが異なれば、完成度の共有が課題だと考えられます。
一方、全員が「仕様を確定して提示する必要がある」と明確に合意していたなら、単なる認識の違いではありません。次の仮説も検討する必要があります。
仮説C 要求と、使える時間が本当に両立していない
仕様確認に必要な情報が金曜日の午後まで届かず、午前には確定した説明が必要なら、個人の工夫だけでは両立できない条件です。
確認に必要な工程や、情報が得られる時間を調べれば、この仮説を具体的に検討できます。
反対に、必要な情報がすでに別の担当者にあり、確認すれば使えることがわかったなら、「金曜午後まで何も決められない」という理解は見直せます。
仮説は、競争させなくてもかまいません
現実の矛盾があり、同時に、関係を悪くすることへの怖さもあるかもしれません。
どれか一つを本当の原因にするより、何がわかれば次の対応を選べるかを考えます。本人の気持ちを聞くことと、仕事の事実を確認することは、どちらも必要になりえます。
🍀 自分の基準を持つとは、何をすること?
キーガンの理論では、自己主導の意味づけは、競合する価値や目的を、自分の価値体系の中で位置づけるあり方として説明されます。参考:Keganほか、NCSALL研究要約、本文5ページ
この事例に引き寄せるなら、「営業と開発のどちらの言うことに従うか」から、判断の理由をもう少し具体的にすることです。
たとえば、中村さんは次のように考えられます。
「お客様が方向性を検討できることと、不確かな情報を確定事項として伝えないことを両方大切にしたい。明日の場で必要な内容を確認し、確定部分と未確認部分を分けてよいか、担当者に相談したい」
この説明では、複数の期待を、自分が大切にすることと結びつけています。ただし、このように一度説明できたことから、本人の発達段階は判定できません。
自分の基準と、自分の権限は別です
中村さんが自分の方針を持っても、契約や説明内容を一人で変更してよいとは限りません。
自分が決められるのは資料の整理までで、説明範囲や日程は責任者との合意が必要かもしれません。「ここからは相談する」という判断にも、自分の基準を使えます。
周囲へ確認する行動を、そのまま他者任せと見なさないようにしましょう。
🍀 三つの対応案を、条件と一緒に読み比べる
案A 未確認の部分も埋め、予定どおり提出する
早く渡すという期待には応えられます。ただし、推測を確定事項として扱えば、お客様や次の担当者が誤って判断する可能性があります。
「急いでいるから」という理由だけでは、この問題は解消しません。どの情報を、どの状態で説明できるかの合意が必要です。
案B すべて確定するまで、資料も連絡も止める
不確かな説明を避けられる一方、関係者が予定を組み直す機会を失うかもしれません。
完成を待つ必要があっても、「何が未確定で、いつ確認できるか」を先に共有する方法は考えられます。待つことと、知らせないことを同じにしないでおきます。
案C 確定していることと未確認のことを分け、説明範囲を相談する
「明日は方向性だけ相談する」「確認が済んだ二案だけ説明する」「打ち合わせを延期する」など、選択肢を関係者と検討します。
未確認の点を明示しても、予定どおり説明できるとは限りません。お客様の目的や、未確認の情報が及ぼす影響によっては、延期が必要でしょう。
比較したいのは、Cが柔軟だから優れているということではありません。それぞれの案が、どの価値を守り、何を難しくし、どんな条件なら成立するかです。
🍀 判断の根拠を言葉にする練習
まず中村さんの事例で試し、その後、安心して考えられる自分の場面に置き換えてみてください。
1 期待を、実際の言葉と推測に分ける
「営業は、明日の朝までに資料がほしいと言った」は、言葉として示されています。
「営業は、未確定でも全部埋めてほしいはずだ」は、まだ推測です。
自分が、相手の要求を実際より厳しくしていないかも確かめます。反対に、明示された条件を都合よく省かないようにしましょう。
2 動かせない条件と、確認できる条件を書く
情報が届く時刻、必要な確認、決裁権限などを整理します。
「金曜朝は絶対に動かせない」と思っている場合も、それが合意された条件か、自分の推測かを分けます。確認して初めて、調整できる部分がわかることもあります。
3 大切にしたいことを、選択の理由にする
次の文を埋めます。
「私は__を守りたい。そのため、今わかっている条件では__を提案したい。ただし、__が必要なら、この案は見直す」
例:「正確な情報で相談できることを守りたい。確定部分だけの説明を提案したい。ただし、全仕様の確定が打ち合わせの条件なら、日程を相談する」。
最後に見直す条件を入れると、自分の案が唯一の答えになっていないかを確かめられます。
4 誰が何を決めるかを確認する
「自分が整理すること」「担当者が確認すること」「責任者との合意が必要なこと」に分けます。
役割が曖昧なら、その曖昧さ自体を相談します。全部を自分で決めることを、自立の証明にしないでください。
5 相談の一文をつくる
例:「午前までに確定できる範囲はここまでです。明日の場で必要な判断を確認したうえで、説明範囲か日程を相談したいです」
相手を責める説明ではなく、条件と判断の目的が伝わるかを見直します。直接の調整が難しい関係なら、信頼できる責任者への相談など、無理のない方法を選びましょう。
🍀 結論を出した後も、見直す条件を残す
相談して一案に決まっても、すべてが解決したとは限りません。
「未確認部分が相手に伝わったか」「誰か一人に調整の負担が偏らなかったか」「同じ食い違いを防ぐには、依頼時に何を共有するか」を振り返れます。
キーガンは、成人の仕事や生活で求められることと、それに向き合う枠組みとの関係を論じています。参考:『In Over Our Heads』出版社提供の書籍紹介
この視点を仕事に使うときは、本人の理解だけでなく、求められていることの曖昧さや、支えの不足にも目を向けたいものです。
🍀 まとめと次回のご案内
期待が食い違う場面では、誰を優先するかを急いで決める前に、期待と条件を整理します。
- 実際の要求と、自分が推測した期待を分ける。
- 守りたい価値を、具体的な判断の理由にする。
- 自分の権限と、見直す条件を確かめる。
次回は、「任せたいのに任せられない」という場面を扱います。今の行動が守っているものと、任せるために実際に足りない条件の両方を考えていきます。
🍀 参考資料
事例・対応案・練習は、本記事独自の教育用例です。特定の人の発達段階を評価するためのものではありません。
- Kegan, R., Broderick, M., Drago-Severson, E., Helsing, D., Popp, N., & Portnow, K.(2001). Toward a New Pluralism in ABE/ESOL Classrooms: Teaching to Multiple “Cultures of Mind,” Executive Summary. NCSALL Reports #19a. 本文5ページの概念説明を参照。特定の米国成人教育プログラムを扱う研究であり、今回の職場事例を検証した研究ではありません。
- Kegan, R.(1994). In Over Our Heads: The Mental Demands of Modern Life. Harvard University Press. 出版社提供の書籍紹介を参照。
成人発達理論の連載:前の記事:同じ指摘でも受け取り方が違うのはなぜ?意味づけを確かめる成人発達理論 / 次の記事:任せたいのに任せられない 競合するコミットメントから考える仕事の抱え込み
