社会化された心とは?他者との関係から考える成人発達理論
「頼りにしているよ」と言われると、うれしくなる。
その一方で、期待に応えられないかもしれないと思うと、仕事のこと以上に、自分の居場所まで揺らぐように感じる。そんな経験はないでしょうか。
今回取り上げるのは、キーガンの成人発達理論における「社会化された心」です。他者とのつながりや共有する価値が、自分を理解する土台になるあり方を考えます。
誰かに合わせた経験を数えて、自分の段階を判定する回ではありません。同じ行動の内側に、どのような意味づけがあるのかを、一緒に見ていきましょう。
🍀 この記事でわかること
- 社会化された心が、他者との関係をどう意味づけるか
- 人を大切にすることと、期待から距離をとりにくいことのつながり
- 自分が引き受けている期待を、責めずに振り返る方法
🍀 目次
- 社会化された心とは
- 同じ「引き受けます」にある意味づけの違い
- 期待が食い違うとき、何が難しくなるのか
- よくある誤解をほどく
- 自分の経験を振り返る小さなワーク
- まとめと次回のご案内
🍀 社会化された心とは
大切な関係や価値が、自分の内側にある
この連載では、socialized mindを「社会化された心」と呼びます。「社会化されたマインド」という表記もあります。成人発達理論全体に共通する用語ではなく、ここではロバート・キーガンの理論を扱っています。
このあり方では、大切な人や集団との関係、共有する価値や信念が、自分が何者で、何を大切にするかを支えます。相手は、その場の利益を得るための存在にとどまりません。自分の内側に取り込んだ期待や価値が、判断のよりどころになります。参考:Keganほか、2001、本文5ページ
この説明を読むときには、関係を続ける力にも目を向けてみてください。
たとえば、先輩から教わった「困っている人を一人にしない」という姿勢を大切にし、見返りがなくても仲間を支える。職場を離れても、その約束を心にとめている。こうした例からは、価値を自分の内側に持ち、関係を長く守ろうとする意味が見えてきます。
もちろん、この行動だけで社会化された心だとは判断できません。ここでは、単なるその場しのぎの同調とは違う側面を考える例にしています。
「主体と客体」から見ると
前回扱った「主体」は、自分と一体になっていて眺めにくいもの。「客体」は、一歩離れて検討できるものです。
キーガンの理論を整理した本人へのインタビュー掲載図では、社会化された心の主体として、対人関係や相互性が挙げられています。参考:BachkirovaによるKeganへのインタビュー、2009、図1
職場の例に引き寄せるなら、「仲間の期待を大切にしている」と説明できても、「その期待が自分の判断をどう形づくっているか」は問いにしにくい、という違いです。
ここで注目したいのは、相手の期待を知っているかどうかよりも、期待との関係をどこまで振り返れるかです。
🍀 同じ「引き受けます」にある意味づけの違い
ここからの人物と会話は、理論を考えるための架空の例です。実際の人を分類するための見本ではありません。
共通する場面
金曜日の午後、同僚から「月曜日に使う説明資料を、一緒に仕上げてもらえませんか」と頼まれました。
自分にも仕事がありますが、範囲を絞れば手伝えそうです。二つの例では、どちらも「説明が伝わりにくい部分の確認なら、引き受けます」と返します。
例A:仲間である自分と、期待が重なっている
Aさんは、次のように考えています。
「このチームでは、困ったときに支え合うことを大切にしてきた。私も助けてもらったし、仲間を支えるのは、自分にとって当たり前のことだ」
ここには、仲間への感謝と、共有してきた価値があります。引き受けることは、上司に褒められるためだけの選択ではありません。
ただ、「今回は引き受けられないとしたら?」と尋ねられると、こんな言葉が続きました。
「事情は説明できると思う。でも、頼りになる仲間ではなくなってしまう気がする。相手ががっかりするなら、自分の判断が間違っているように感じる」
この説明では、依頼を引き受けるかという判断と、仲間としての自分のあり方が、強く結びついています。
例B:関係を大切にしながら、判断の基準を置いている
Bさんも、仲間を支えることを大切にしています。
「私は、約束した仕事を守りながら、困っている人を支えたい。今回は資料全体を作る時間はないけれど、読み手が迷う部分の確認なら両立できる」
同じ質問をすると、こう答えました。
「相手をがっかりさせるのはつらい。ただ、依頼を全部引き受けると、先に約束した相手に迷惑をかける。支え合いを続けるためにも、できる範囲を伝えたい」
この説明には、複数の期待を受け止めたうえで、何を基準に引き受けるかを考える方向が表れています。次回の「自己主導の心」を理解する手がかりです。
結論よりも、理由のつながりを見る
AさんもBさんも、同僚を大切にし、範囲を区切って手伝っています。返事や行動だけを見れば、ほとんど違いません。
比べたいのは、「相手の期待」「自分の価値」「選択の理由」が、内側でどのようにつながっているかです。
Aさんの言葉を間違った答えとして直す必要はありません。Bさんの言葉を暗記しても、意味づけの構造が変わった証拠にはなりません。短い文章は、複雑な経験の一部しか表せないからです。
読む側にも、「手伝う人は協調的」「範囲を区切る人は自立している」と結論を急ぎたくなるところがないか、確かめてみましょう。
🍀 期待が食い違うとき、何が難しくなるのか
どちらも大切だからこそ、迷う
先ほどの場面で、上司から「まず自分の担当を優先してほしい」と言われたら、どうでしょう。
同僚を支えることも、上司との約束を守ることも大切です。Aさんは、「片方を選ぶと、もう片方を裏切ることになる」と感じるかもしれません。
この架空の例で考えたいのは、判断力の有無ではありません。異なる期待が、自分にとってどれほど大切な関係や価値を含んでいるかです。
「優先順位をつければよい」と助言する前に、「それぞれの期待に応えられないと、何が失われるように感じるのだろう」と聴いてみると、迷いの中身が変わって見えるかもしれません。
実際の業務上の矛盾も確かめる
一方で、上司と同僚から本当に両立しない要求を受けているなら、本人の内省だけでは解決しません。
必要なのは、納期や担当範囲を整理し、誰が調整を引き受けるかを明らかにすることかもしれません。「自分が期待にとらわれているせいだ」と、責任をすべて自分に戻さないようにしましょう。
たとえば、「今週できるのはここまでです。どちらを優先するか相談したいです」と、判断材料をそろえて話す方法もあります。相談のしやすさは、職場の関係や権限にも左右されます。難しい場合は、一人で交渉する前に、信頼できる人へ状況を共有する選択もあります。
🍀 よくある誤解をほどく
「意見を言わない人」のこと?
社会化された心を、従順な性格と重ねると、理解が狭くなります。
共有する価値を守るために、強く反対意見を述べることも考えられます。「この職場ではお客様への説明を省かないはずです」と、周囲に異議を唱える場面です。発言の強さでは、その意味づけはわかりません。
キーガン自身も、関係を重視するスタイルと、独立的なスタイルを、発達の構造から区別しています。参考:2009年インタビュー、13ページ
人とのつながりを弱めればよい?
この記事の目的は、期待に応えることをやめたり、人への思いやりを減らしたりすることではありません。
「関係を大切にする自分は、そのままでよい。そのうえで、何をどこまで引き受けたいのだろう」。まずは、この二つを一緒に問いにしてみます。
誰にも頼らず決めることを目標にすると、必要な相談まで手放しかねません。信頼できる相手と話しながら、自分にとっての意味を確かめてもよいのです。
当てはまる経験があれば、その段階?
一つの場面や回答から、発達段階は決められません。本記事には診断用の質問や採点基準を設けていません。
言いにくさには、立場の差、過去の経験、実際の不利益への心配も関わります。相手を理解する前に、発達段階のラベルで説明を終わらせないことが大切です。
🍀 自分の経験を振り返る小さなワーク
安心して思い出せる、小さな依頼や相談の場面を選びます。強くつらい経験を掘り下げる必要はありません。書いたものを誰かに見せる必要もありません。
1 事例の違いを、自分の言葉で書く
AさんとBさんの説明で、印象に残った言葉を一つずつ挙げます。
「Bさんのほうが正しい」で終えず、「Aさんにとって、頼りになる仲間であることが大きい」「Bさんは先の約束との両立を基準にしている」など、判断の支えになっているものを書いてみましょう。
この順番にするのは、すぐに自分を評価するよりも、架空の例を通して意味づけに目を向ける練習がしやすいからです。
2 自分が受け取った期待を分ける
自分の場面について、次の三つを書きます。
- 相手が実際に言ったこと
- 自分が「期待されている」と受け取ったこと
- 応えられないと、何が起こると考えたか
例:「今日中に見てもらえますか」と言われた。「頼まれたら必ず引き受けてほしい」と受け取り、「断ると今後頼られなくなる」と考えた。
相手の言葉と、自分の解釈を分けると、まだ確認していない部分が見つかります。解釈が誤りだと決めるためではありません。
3 守りたい価値と、別の見方を並べる
「その期待に応えることで、何を大切にしようとしていたのか」を書きます。
例:「協力すること」「信頼に応えること」。その価値を残したまま、別の対応がありそうか考えてみます。
「全部引き受ける以外にも、期限を相談する」「必要な部分だけ一緒に確認する」などです。反対に、条件を確認したうえで、予定どおり引き受ける選択もあります。
価値そのものと、価値を表す方法を分けてみることが、この問いの狙いです。
4 確かめたいことを一つ残す
最後に、次の三つを短く書いて終えましょう。
- 最初と比べて、見え方が変わったこと
- まだ変わらない気持ちや心配
- 相手や職場に確かめたいこと
「本当に今日中に全体を見る必要があるか」を尋ねるだけでもかまいません。すぐに行動を変えなくても、問いが残れば今回の練習として十分です。
このワークは、本記事のためにつくった振り返りです。段階の判定や、発達を保証する方法ではありません。苦しさが増すときは中断し、業務調整や相談など、別の支えを優先してください。
🍀 まとめと次回のご案内
社会化された心は、大切な人や集団との関係、内面化した価値を通して、自分と世界を理解するあり方です。
- 他者を大切にし、関係を続ける側面に目を向けましょう。
- 同じ行動でも、その内側の判断のよりどころは異なります。
- 期待を振り返るときは、守りたい価値と現実の条件を両方確かめます。
次回は「自己主導の心」を取り上げます。複数の期待を、自分の価値体系に照らして検討するとはどういうことか。周囲とつながりながら考える事例を通して学んでいきましょう。
🍀 参考資料
理論の説明は以下の一次資料を参照しています。職場の事例・会話・ワークは本記事独自の学習用例であり、研究参加者の事例や検証済みの介入ではありません。
- Kegan, R., Broderick, M., Drago-Severson, E., Helsing, D., Popp, N., & Portnow, K.(2001). Toward a New Pluralism in ABE/ESOL Classrooms: Teaching to Multiple “Cultures of Mind” — Executive Summary. NCSALL Reports #19a. 本文5ページの概念説明を参照。米国の成人教育を扱う研究であり、日本の職場全体についての結果ではありません。
- Bachkirova, T.(2009). Cognitive-developmental approach to coaching: an interview with Robert Kegan. Coaching: An International Journal of Theory, Research and Practice, 2(1), 10–22. 著者公開全文の図1、13ページを参照。
成人発達理論の連載:前の記事:主体と客体とは?自分の「当たり前」を見つめ直す成人発達理論 / 次の記事:自己主導の心とは?自分の価値観で期待を受け止める成人発達理論
