心の構造

自己主導の心とは?自分の価値観で期待を受け止める成人発達理論

自分の価値観をノートとカードで静かに整理する成人
kokomaru

「あなた自身は、どうしたいですか」

仕事でこう尋ねられたとき、すぐに答えられることもあれば、迷うこともあります。上司の期待、同僚の負担、お客様との約束。どれも無視できないからです。

今回のテーマは、キーガンの成人発達理論における「自己主導の心」です。複数の期待を受け止めながら、自分が大切にする価値を結びつけ、判断のよりどころをつくることに注目します。

強く言い切る練習をする回ではありません。「自分で決めた」という結論の内側で、何が起きているのかを見ていきましょう。

🍀 この記事でわかること

  • 自己主導の心における「自分の基準」の意味
  • 自己主導と、独断・自信・自己主張の違い
  • 複数の価値をどう扱っているかを振り返る方法

🍀 目次

  1. 自己主導の心とは
  2. 同じ「小さく試そう」にある意味づけの違い
  3. 判断の基準は、他者との関係でどう働くか
  4. よくある誤解と、自己主導の心の限界
  5. 自分の判断を振り返る小さなワーク
  6. まとめと次回のご案内

🍀 自己主導の心とは

期待を評価する、自分の価値体系を持つ

この連載では、self-authoring mindを「自己主導の心」と呼びます。「自己主導型マインド」などの表記もあります。扱うのは、ロバート・キーガンの構成主義的発達理論です。

自己主導の心では、競合する価値や目的を、自分の価値体系の中で位置づけ、優先順位を考えます。他者の期待を受け止めつつ、それを判断する基準を自分の内側に組み立てるあり方です。参考:Keganほか、2001、本文5ページ

ここでいう価値体系は、立派な理念を文章にすることに限りません。

たとえば、「学ぶ機会を広げたい」「約束した品質を守りたい」「負担を一部の人に偏らせたくない」。それぞれを大切にするだけでなく、両立が難しいときにどう扱うかまで考えることが、理解の手がかりになります。

「今回は気が進まないから断る」という一つの好みと、いくつもの判断を支える価値体系は、分けて考えてみましょう。

他者の期待を、考える対象として扱う

前回の社会化された心では、大切な関係や共有する価値が、自分を理解する土台になっていました。

主体と客体の整理では、自己主導の心は、対人関係や相互性を客体として扱える一方、自分の価値体系やアイデンティティーが主体になります。つまり、周囲の期待を検討する枠組みが、自分にとっての土台になるのです。参考:BachkirovaによるKeganへのインタビュー、2009、図1

相手との関係を、物のように扱うという意味ではありません。「相手が望むこと」と「自分が選ぶこと」の関係を、考えられる対象にするという意味です。

また、キーガンとレイヒーは、意味づけの変化を、前のあり方を包含していく関係として説明しています。関係を大切にする力を、捨て去る話ではありません。参考:Kegan & Lahey、2010、公開抄録

🍀 同じ「小さく試そう」にある意味づけの違い

次の人物と会話は、本記事のためにつくった架空の例です。短い言葉から実際の発達段階を判定することはできません。

共通する場面

チームで使う引き継ぎ資料を、簡単な新しい様式に変える提案が出ました。

作成時間を短くできそうですが、必要な情報が抜けないかという心配もあります。相談を受けた二人は、どちらも「一つの案件で、小さく試してみましょう」と提案します。

例A:信頼する人たちの方針が、判断を支えている

Aさんは、こう説明します。

「私たちのチームは、現場からの提案をまず試すことを大切にしてきました。先輩たちもそうして改善してきたし、そのやり方を私も受け継ぎたいと思っています」

Aさんには、積み重ねてきた仕事への敬意があります。周囲の意見を受け売りしているだけ、と片づける必要はありません。

ただ、「尊敬する先輩から、今回はやめておこうと言われたら?」と尋ねると、こう続けました。

「自分ではよいと思っても、先輩が反対するなら、私の見方が足りないのかもしれません。チームにとって何がよいかは、先輩たちが認めてくれるかどうかと、なかなか切り離せません」

この説明では、信頼する人たちの判断と、自分にとっての妥当性が強く結びついています。

例B:複数の価値を、自分の方針に照らして考える

Bさんは、こう説明します。

「私は、現場が改善を提案できることと、引き継ぎの確実さを両方大切にしたいです。全体を一度に変えると影響が読めないので、一案件で、必要な情報が残るかを確かめたいと考えました」

さらに、「時間が短くなっても、確認する人の負担が増えるだけなら、改善とは言いにくい」と考えています。

同じ質問には、こう答えました。

「先輩の心配の中身を聞きたいです。必要な情報を失うという指摘なら、試し方を見直します。ただ、これまでの様式だからという理由だけなら、残すべき部分と変えられる部分を相談したいです」

先輩の意見は、結論を決める唯一のよりどころではなく、自分の判断を確かめる重要な材料になっています。

見ているのは、決断の速さではありません

二人の提案は同じです。Aさんが早く決め、Bさんが長く迷う場合もあるでしょう。

この比較では、「誰が賛成するか」と「何を基準に妥当だと考えるか」が、どのようにつながっているかに注目します。

Bさんのような説明が一度できたからといって、自己主導の心だと判定できるわけではありません。文章として知っている説明と、自分の経験を実際に組み立てているあり方は、同じとは限らないためです。

🍀 判断の基準は、他者との関係でどう働くか

相手の意見を取り入れても、自分の判断はありうる

架空の事例を少し進めてみましょう。

先輩から、「その項目は普段使わないけれど、問い合わせが来たときに必要になる」と説明がありました。Bさんは、その項目を残すことにします。

外から見ると、先輩の意見に従った形です。しかし、Bさんは「必要な情報を残す」という方針に照らして、提案を修正しています。

他者の考えを採用することと、自分の判断を持つことは両立します。「助言を受け入れたら主体性がなくなる」と考える必要はありません。

反対に、すべての助言を退けても、自分の価値体系が明確だとは限りません。賛成・反対という結論の前に、何をどう検討したかを確かめるほうが、この記事のテーマに近づけます。

判断を説明することと、正しさを証明することは違う

自分の基準を言葉にできると、話し合える点が増えます。

「情報を減らしたい」だけでなく、「記入の負担を減らしながら、後で必要になる情報は残したい」と伝えれば、周囲も具体的な提案をしやすくなるでしょう。

それでも、考慮していない事情があるかもしれません。判断基準を持つことは、判断の正確さや倫理的な妥当性を、自動的に保証するものではありません。

相手への影響を確かめ、決めた後にも結果を見る必要があります。自分で決めたという感覚だけで、周囲への説明や職場の手続きを省かないようにしましょう。

🍀 よくある誤解と、自己主導の心の限界

自信があり、強く主張する人のこと?

静かに相談する人にも、判断のよりどころがあるかもしれません。強く言い切る人も、権威のある人の期待を守ろうとしているのかもしれません。

「私はこうします」という言葉の強さだけで、意味づけはわかりません。この連載では、自己主導を、性格や話し方の理想像として扱いません。

何でも一人で決めること?

職場には、担当範囲や決裁権限があります。必要な情報を持つ人も、自分だけではありません。

自分の価値観で考えることは、契約や規則、周囲の合意を無視してよい理由にはなりません。「この条件なら相談が必要だ」と判断し、決定をいったん保留することもできます。

助けを求めることや、判断を任せることにも、その人なりの理由があるはずです。

自分の基準があれば、もう十分?

事例のBさんが「改善は、時間が短くなるかで測る」と強く考えていたら、どうでしょう。

同僚の「説明する過程で、新人が仕事を覚えている」という話を聞いても、「それで何分減るのか」としか受け取れないかもしれません。判断基準があることで整理しやすくなる一方、その基準に入らない経験を見落とす可能性も考えられます。

これは、前に触れた「自分の価値体系が主体になる」という説明を、架空の職場場面に置き換えた例です。

小さな意見の修正と、自分の価値体系そのものとの関係が変わることは、区別しておきましょう。次回は、この問いを「自己変容の心」から考えます。

🍀 自分の判断を振り返る小さなワーク

最近、「どちらも大切で迷った」小さな場面を一つ選びます。大きな人生の決断や、強いつらさを伴う出来事で試す必要はありません。

1 事例の判断のよりどころを比べる

まずAさんとBさんについて、次の問いに一言ずつ答えます。

  • 何を大切にしているように読めたか
  • その判断を妥当だと思えたのは、何が支えになっていたからか
  • まだ本人に聞かないとわからないことは何か

最後の問いも残すのは、短い発言から、その人の内側をすべて理解した気にならないためです。

2 自分の場面にある、複数の期待を書く

自分の場面では、誰が何を望んでいたでしょうか。実際に聞いたことと、自分が推測したことを分けて書きます。

例:「上司は今週中の案を求めていた」「担当者は確認時間がほしいと言った」「私は、少しでも待たせると信頼を失うと思った」。

ここを分けるのは、まだ確かめていない期待を、動かせない条件として扱わないためです。

3 大切な価値を、選び方とつなげる

その場で守りたかった価値を二つか三つ挙げ、次の文を埋めます。

「私は__と__を大切にしたい。今回は__を優先したい。その理由は__。もう一方を置き去りにしないために、__を考えたい」

例:「期限と情報の確かさを大切にしたい。今週は確認済みの部分だけ共有し、未確認の部分は明示したい」。

正解の文章をつくるための問いではありません。価値を並べるだけでなく、具体的な選び方とのつながりを見るための問いです。

4 別の立場から、見落としを考える

自分の案で影響を受ける人からは、何が見えるでしょうか。

「未確認の部分があると、次の仕事を進められないかもしれない」など、今の基準だけでは見えにくい点を書き足します。想像だけで結論を出さず、本人に確認したいことも残しましょう。

他者の視点に触れて、結論が変わることも、変わらないこともあります。どちらになったかよりも、何を確かめてそう考えたかを振り返ります。

5 今回わかったことと、残った問いを書く

「期限を守りたい背景に、相手が準備できるようにしたい気持ちがあった」「何を優先すればよいか、まだわからない」。どちらも振り返りの結果です。

判断する権限がない、情報が足りない、安心して相談できない場合は、その条件も書きます。必要なのは内省より、役割や進め方の調整かもしれません。

このワークは本記事独自の学習用の練習です。発達段階を測る検査ではなく、書けた文章によって発達や成長を保証するものでもありません。

🍀 まとめと次回のご案内

自己主導の心は、他者の期待を受け止めながら、自分の価値体系に照らして判断するあり方です。

  • 自分の基準を持つことと、他者を大切にすることは両立します。
  • 決断の速さ、発言の強さ、一人で行動するかどうかだけではわかりません。
  • 判断の基準にも、見えにくい部分があることを忘れずにいたいですね。

まずは一つの選択について、「私は何を大切にし、何を確かめて決めたのだろう」と言葉にしてみましょう。

次回は「自己変容の心」を扱います。自分の価値体系そのものを、別の視点との関係で捉えるとはどういうことかを考えていきます。

🍀 参考資料

理論の説明は以下の一次資料を参照しています。職場の事例・会話・ワークは本記事独自の学習用例であり、研究参加者の事例や検証済みの介入ではありません。

成人発達理論の連載:前の記事:社会化された心とは?他者との関係から考える成人発達理論 / 次の記事:自己変容の心とは?自分の価値観を持ちながら見直す成人発達理論

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雑食系学習者
専門にとらわれず、興味のタネを見つけては掘り下げる「雑食系学習者」。 文系・理系の垣根を越え、心理学・哲学・教育・社会理論などをつまみ食いしながら、「人間を理解すること」をテーマに独自の視点で探究を続けています。

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